キリギリスの聞法

仏教説話

キリギリスの聞法

海蓮と名乗る憎は中国越中の人である。彼は法華経を信仰していて、法華経を序品第一から第二十五の普門品までは諷誦(ふうじゅ)ができ、よく通利していたが、どうしても残りの三品は誦することができなかった。一生懸命に努力をしてみたが、一向にだめであった。そこで郡の立山という所や多くの霊地に足を運んで難行苦行に打ち込んで誦憶できるようにと祈求するのであった。

そんなある日、夢に一人の菩薩が海蓮に語った。

「おまえの前世は蟋蟀(しつそく)(キリギリス) で、寺の璧にとまっていた。寺の比丘が法華経を読誦する声を、たまたまキリギリスが聴いていた。けれども、比丘が普門品まで読誦すると疲れてきたので、体を休めるために壁に寄りかかった。そのため、キリギリスは押されて死んでしまった。しかし、聞法の功徳力によってキリギリスは人間として今生に生まれ、法華経を読誦しているのである。だが、おまえはキリギリスの時に三品を聴いていないので読誦することができないのだ」。

海蓮は夢から覚め、読誦できない理由を覚って一心に精進を重ね、ようやく三品に通じることができたのである。

(歴代法主全書四巻)

(高橋粛道)