師 子 王

仏教説話

師 子 王

後魏の荘帝が国を治めていた時、波斯(はし)国より一匹の師子が献上された。荘帝は「どう猛な虎でさえも師子を見ると必ず伏せて動かないというけれども、自分はそれを確かめてみようと思う」と侍中の李●(りくい)に話し、早速、豹一匹と虎二匹を生け捕りにして師子の前に進ませた。すると思ったとおり、豹も虎もすべて耳を垂れ、尾を巻き、目を閉じて師子を仰ぎ見ることができなかった。

 また、 また、園の中によく人に馴れた、生まれつき盲(めしい)たる熊がいたので、荘帝は臣下に命じてこの熊を師子の前に置かせた。すると熊は師子の気を聞(かい)で大いに恐れ驚き、跳ねて鎖を引き切り、元の穴の中に潜って姿を隠した。この周章狼狽たるや言葉では表現できない程であった。

 これは「洛陽伽藍記」にあり、日寛上人が『御堂御拝何故刻師子形耶』に引用されたもので、日寛上人は

「宗祖大聖人は智仁勇の三徳を兼備されていて、智は舎利弗に越え、仁は薩●(さった)に越え、勇は慧遠法師にも優れている。故に南都七大寺の碩徳や、日本一州の学者らは宗祖を恐れ怖じて目を開いて宗祖を見ることもできないでいる。ただ耳を垂れ、尾を巻いている。

 そして名前を聞き、影を見て走り隠れる姿は彼の盲熊に似ている。それであるから面と向かって対決できない彼等は、御家尼御前に取り入って種々の讒言を構えたり、公場対決を避けて後ろから讒言するのである」。

と述べられている。

 大聖人は御書に「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干の吼(ほう)るなり」「師子王を吼(ほ)うる狗犬(いぬ)は我が腹をやぶる」「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し」と仰せである。

(歴代法主全書八巻)

(高橋粛道)