孫鐘の積善

仏教説話

孫鐘の積善

積善(しゃくぜん)の家には必ず余慶(子孫に及ぼす幸福)がある。福(さいわい)は子孫に及ぼすのである。善を積めば慶びをなし、悪を積めば患いが起こる。力を積めば勇気がわき、土を積めば山となり、水を積めば海となり、学を積めば君主となる。三尺の氷は一日の寒さでは出来ない。優れた士は一日で官についたのではない。徳を積んだ人の福は子孫まで流れるのである。

 昔、呉の人、破鐘は恭(うやうや)しく善道を行じた。

 鐘は瓜を植え、実が熟したころ、瓜園の側を通りかかった三人が、かぐわしくおいしそうな瓜を見て、鐘に、

「銭はないけれども、一つ食べさせてくれないか」

と言った。鐘は三人を草庵に招いて飯を盛り、瓜を摘んで食事に供した。食し終わった三人は、

「何をお礼にしましょうか」

と言うので、鐘は、

「瓜を一つぐらい差し上げたからといって何を望みましょうか」

と断った。三人は、

「何もお礼をするものがないので、君に一つの葬地を教えよう」

と言った。鐘が三人の後について行くと、三人は、

「富豪になりたいと思うか、子孫を数世の天子にしたいと思うか」

というので、鐘は、

「敢えて望みませんが、それならば

四世の天子のほうがいい」

と言った。そこで三人は一つの地を見せ、

「この所に葬れば必ず四世つづいて天子になることができよう」

さらに別れ際に、

「百歩、歩くまでは振り向いてはいけない」

と言ったが、何かキツネにつままれたようでもあり、命令を破って八十歩の所で後ろを振り向くと、三人は白鶴と変じて天に昇り去っていった。それで彼等は仙人であることを知った。

 かくて鐘は日を選び、その他に父母を葬ると、天地が感得して雲霧が覆った。

 のちに鐘の子孫は代々、呉王となった。鐘は堅を生み、堅は権を生み、権は亮を生み、亮は休を生み、休は和を生み、和は皓を生み、皆、呉王となった。ただ皓は晋国に攻められて降伏し、帰命侯となった。

 これが善を行ずれば福が子孫に及ぶということである。

 これは『易経』に説かれた「註千字文」に引用されているが、この前には「禍(わぎわ)いは悪業を重ねることによって起こる」故事が記されている。

(歴代法主全書八巻)

(高橋粛道)