舎利弗の神通力

仏教説話

舎利弗の神通力

ある日、釈尊は五百人の大阿羅漢を率(ひき)いて阿那婆達多龍王のいる池にやってきた。ここで遠離(おんり)の楽を受け、釈尊は自身と弟子の本業(ほんごう)の因縁を説こうとしたが、舎利弗が不在であったので、目連にここに連れてくるように命じた。すぐに目連は神通力を用い舎利弗のいる祇オン(ぎおん)に到達した。

すると舎利弗はそこで衣を縫っていて、目連に「縫い終わるまで待ってほしい」と語った。目連は待てず「すぐに行け」と催促し、手で衣をなでると、すぐに出来上がってしまった。

舎利弗は目連のその神通の貴さを見て、自分の腰に巻いている帯を地に投げ捨てて「汝(なんじ)、この帯を挙(あ)げてみよ」と言った。目連は両手を使って帯を挙げようとするが、地から少しも離れることがなかった。さらに目連が諸の禅定(ぜんじょう)に入って帯を挙げようとすると、大地が大きく動くだけで、なお帯は地についたままであった。

時にこの様子を見ていた阿若キョウ陳如(あにゃきょうじんにょ)は仏に「どういう因縁があって大地が大震動するのですか」と尋ねた。すると釈尊は「目連が甚深の禅定に入って大神力をなすが舎利弗の帯を挙げることができなかった。諸の比丘よ、舎利弗の入出するところの禅定は、目連もその名を知らないものである」と述べた。

これは『大論』に記されていて、神通第一の目連も智慧第一の舎利弗の所入の禅定をば、その名も知らなかったのである。豈、智はなんと貴いことか。

(歴代法主全書四巻・寿量演説抄上)

(高橋粛道)