仏法と申すは道理なり

昨日は、仕事が休みということでお寺にて唱題行に参加し、活動に回った。
この時期は、農作業などが忙しく全般的に留守が多かったが、夕方近くから会うことができた。
予定していたところを探しながら訪問した。
創価学会員宅だが、知らない人ではないが、ガードは固い。
信心話になると特に厳しくなる。
法論は、避けるようにいわれているのだろうか。
教義面の矛盾はどうしようもないようなので、そこを突かれると答えに窮していて、怒りに結びつくのだ。
洗脳恐るべし。
「仏法と申すは道理なり」の御金言をも無視して組織に、また池田氏にと洗脳されている。
道理の通らない信仰が日蓮大聖人様の教えなどではあるはずがないことに気づいていない。
洗脳されて執着している姿をみると気の毒で仕方がない。
活動ができた日は厳しいことは言われても、いや言われれば言われるほど、気持ちが晴れ晴れする。