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聖密房御書

御書1

聖密房御書

文永十一年四~五月頃  五三歳  

大日経をば善無畏・不空・金剛智等の義に云はく「大日経の理と法華経の理とは同じ事なり。但印と真言とが法華経は劣なり」と立てたり。良和尚・広修・維なんど申す人は大日経は華厳経・法華経・涅槃経等には及ばず、但方等部の経なるべし。日本の弘法大師云はく「法華経は猶華厳経等に劣れり。まして大日経には及ぶべからず」等云云。又云はく「法華経は釈迦の説、大日経は大日如来の説、教主既にことなり。又釈迦如来は大日如来の御使ひとして顕教をとき給ふ。これは密教の初門なるべし」と。或は云はく「法華経の肝心たる寿量品の仏は顕教の中にしては仏なれども、密教に対すれば具縛の凡夫なり」云云。  日蓮勘へて云はく、大日経は新訳の経、唐の玄宗皇帝の御時、開元四年に天竺の善無畏三蔵もて来たる。法華経は旧訳の経、後秦の御宇に羅什三蔵もて来たる。其の中間三百余年なり。法華経亘りて後、百余年を経て天台智者大師、教門には五時四教を立てゝ、上五百余年の学者の教相をやぶり、観門には一念三千の法門をさとりて、始めて法華経の理を得たり。天台大師已前の三論宗、已後の法相宗には八界を立てゝ十界を論ぜず。 一念三千の法門をば立つべきやうなし。華厳宗は天台已前には、南北の諸師華厳経は法華経に勝れたりとは申しけれども、華厳宗の名は候はず。唐の代に高宗の后、則天皇后と申す人の御時、法蔵法師・澄観なんど申す人、華厳宗の名を立てたり。此の宗は教相に五教を立て、観門には十玄六相なんど申す法門なり。をびたゞしきやうにみへたりしかども、澄観は天台をはするやうにて、なを天台の一念三千の法門をかりとりて、我が経の「心如工画師」の文の心とす。これは華厳宗は天台に落ちたりというべきか。又一念三千の法門を盗みとりたりというべきか。澄観は持戒の人、大小の戒を一塵をもやぶらざれども一念三千の法門をばぬすみとれり。よくよく口伝あるべし。真言宗の名は天竺にありやいなや、大なる不審なるべし。但真言経にてありけるを、善無畏等の宗の名を漢土にして付けたりけるか。よくよくしるべし。就中善無畏等、法華経と大日経との勝劣をはんずるに、理同事勝の釈をばつくりて、一念三千の理は法華経・大日経これ同じなんどいへども、印と真言とが法華経には無ければ、事法は大日経に劣れり。事相かけぬれば事理倶密もなしと存ぜり。今日本国及び諸宗の学者等、並びにことに用ふべからざる天台宗、共にこの義をゆるせり。例せば諸宗の人々をばそねめども、一同に弥陀の名をとなへて自宗の本尊をすてたるがごとし。天台宗の人々は一同に真言宗に落ちたる者なり。  日蓮理のゆくところを不審して云はく、善無畏三蔵の法華経と大日経とを理は同じく事は勝れたりと立つるは、天台大師の始めて立て給へる一念三千の理を、今大日経にとり入れて同じと自由に判ずる条ゆるさるべしや。例せば先に人丸が「ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに、しまがくれゆくふねをしぞをもう」とよめるを、紀のしくばう・源のしたがうなんどが判じて云はく「此の歌はうたの父うたの母」等云云。今の人我うたよめりと申して「ほのぼのと乃至船をしぞをもう」と一字をもたがへずよみて、我が才は人丸にをとらずと申すをば、人これを用ふべしや。やまがつ・海人なんどは用ふる事もありなん。天台大師の始めて立て給へる一念三千の法門は、仏の父仏の母なるべし。百余年已後の善無畏三蔵がこの法門をぬすみとりて、大日経と法華経とは理同なるべし、理同と申すは一念三千なりとかけるをば、智慧かしこき人は用ふべしや。事勝と申すは印・真言なしなんど申すは天竺の大日経・法華経の勝劣か、漢土の法華経・大日経の勝劣か。不空三蔵の法華経の儀軌には法華経に印・真言をそへて訳せり。仁王経にも羅什の訳には印・真言なし。不空の訳の仁王経には印・真言これあり。此等の天竺の経々には無量の事あれども、月氏・漢土、国をへだてゝとをく、ことごとくもちて来がたければ、経を略するなるべし。法華経には印・真言なけれども、二乗作仏・劫国名号・久遠実成と申すきぼの事あり。大日経等には印・真言はあれども、二乗作仏・久遠実成これなし。二乗作仏と印・真言とを並ぶるに天地の勝劣なり。四十余年の経々には二乗は敗種の人と一字二字ならず無量無辺の経々に嫌はれ、法華経にはこれを破して二乗作仏を宣べたり。いづれの経々にか印・真言を嫌ふことばあるや。その言なければ又大日経にも其の名を嫌はず、但印・真言をとけり。印と申すは手の用なり。手仏にならずば、手の印仏になるべしや。真言と申すは口の用なり。口仏にならずば、口の真言仏になるべしや。二乗の三業は法華経に値ひたてまつらずば、無量劫、千二百余尊の印・真言を行ずとも仏になるべからず。勝れたる二乗作仏の事法をばとかずと申して、劣れる印・真言をとける事法をば勝れたりと申すは、理によれば盗人なり、事によれば劣謂勝見の外道なり。此の失によりて閻魔の責めをばかほりし人なり。後にくいかへして、天台大師を仰いで法華にうつりて悪道をば脱れしなり。  久遠実成なんどは大日経にはをもひもよらず。久遠実成は一切の仏の本地、譬へば大海は久遠実成、魚鳥は千二百余尊なり。久遠実成なくば千二百余尊はうきくさの根なきがごとし、夜の露の日輪の出でざる程なるべし。天台宗の人々この事を弁へずして、真言師にたぼらかされたり。真言師は又自宗の誤りをしらず、いたづらに悪道の邪念をつみをく。空海和尚は此の理を弁へざる上、華厳宗のすでにやぶられし邪義を借りとりて、法華経は猶華厳経にをとれりと僻見せり。亀毛の長短、兎角の有無、亀の甲には毛なし、なんぞ長短をあらそい、兎の頭には角なし、なんの有無を論ぜん。理同と申す人いまだ閻魔のせめを脱れず。大日経に劣る、華厳経に猶劣ると申す人謗法を脱るべしや。人はかはれども其の謗法の義同じかるべし。弘法の第一の御弟子かきのもときの僧正紺青鬼となりし、これをもてしるべし。空海、悔ひ改むることなくば悪道疑ふべしともをぼへず。其の流れをうけたる人々又いかん。  問うて云はく、わ法師一人此の悪言をはく、如何。  答へて云はく、日蓮は此の人々を難ずるにはあらず、但不審する計りなり。いかりおぼせば、さでをはしませ。外道の法門は一千年・八百年、五天にはびこりて、輪王より万民かうべをかたぶけたりしかども、九十五種共に仏にやぶられたりき。摂論師が邪義、百余年なりしもやぶれき。南北の三百余年の邪見もやぶれき。日本二百六十余年の六宗の義もやぶれき。其の上此の事は伝教大師の或書の中にやぶられて候を申すなり。日本国は大乗に五宗あり、法相・三論・華厳・真言・天台なり。小乗に三宗あり、倶舎・成実・律宗なり。真言・華厳・三論・法相は大乗よりいでたりといへども、くわしく論ずれば皆小乗なり。宗と申すは戒定慧の三学を備へたる物なり。其の中に定慧はさてをきぬ。戒をもて大小のはうじをうちわかつものなり。東寺の真言・法相・三論・華厳等は戒壇なきゆへに、東大寺に入りて小乗律宗の驢乳臭糞の戒を持つ。戒を用って論ぜば此等の宗は小乗の宗なるべし。比叡山には天台宗・真言宗の二宗、伝教大師習ひつたへ給ひたりしかども、天台円頓の円定・円慧・円戒の戒壇立つべきよし申させ給ひしゆへに、天台宗に対しては真言宗の名あるべからずとをぼして、天台法華宗の止観・真言とあそばして公家へまいらせ給ひき。伝教より慈覚たまはらせ給ひし誓戒の文には、天台法華宗の止観・真言と正しくのせられて、真言宗の名をけづられたり。天台法華宗は仏立宗と申して仏より立てられて候。真言宗の真言は当分の宗、論師・人師始めて宗の名をたてたり。而るを、事を大日如来・弥勒菩薩等によせたるなり。仏御存知の御意は但法華経一宗なるべし。小乗には二宗・十八宗・二十宗侯へども、但所詮の理は無常の一理なり。法相宗は唯心有境なり。大乗宗無量の宗ありとも、所詮は唯心有境とだにいはゞ但一宗なり。三論宗は唯心無境なり。無量の宗ありとも、所詮唯心無境ならば但一宗なり。此は大乗の空有の一分か。華厳宗・真言宗あがらば但中、くだらば大乗の空有なるべし。経文の説相は猶華厳・般若にも及ばず。但しよき人とをぼしき人々の多く信じたるあいだ、下女を王のあいするににたり。大日経等は下女のごとし、理は但中にすぎず。論師・人師は王のごとし、人のあいするによていばうがあるなるべし。上の問答等は当時は世すえになりて、人の智浅く慢心高きゆへに用ふる事はなくとも、聖人・賢人なんども出でたらん時は子細もやあらんずらん。不便にをもひまいらすれば目安に注せり。御ひまにはならはせ給ふべし。  これは大事の法門なり。こくうざう菩薩にまいりて、つねによみ奉らせ給ふべし。                     日  蓮 花押  聖密房に之を遣はす

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