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香象と不知恩

仏教説話

香象と不知恩

菩提樹より東下して尼連禅河を渡ると広い林があり、その北に池がある。

 釈尊がその昔、菩薩行を修していた時、香象(こうぞう・身より香気を出す象)の子が、北の山の中に住んでいて他の側で遊んでいた。母の香象は盲目であった。故に子は母のために食料を採り、清水を汲んで恭(うやうや)しく孝養を尽くしていた。

 時が移り、たまたま男が林の中で遊んでいるうちに路に迷い彷徨し、往来して悲しみ嘆き、慟哭(どうこく)していた。象の子はこの声を聞き愍(あわ)れみ、導いて帰路を教えてあげた。

 この男は帰ると王に、

「私は香象のいる林を知っています。これは珍しい貨(たから)です。行って捕らえてください」

と申した。王はその言葉を入れ、兵を伴って狩りをした。

 男は王を前に導き、象を指して王に示したら、直ちに両臂(腕全体)がポロッと堕ちた。まるで斬断する者がいたようにである。王はこの異事に驚いたけれども、それでも象の子を縛して連れ帰った。

 象の子は繋(つな)がれたまま、何日も水草を食わなかった。厩舎(きゅうしゃ)を司どる者が、このことを王に知らせると王は親しく象に尋ねた。

象の子が、

「私の母は盲目なので、累日、飢餓しているでしょう。今、私は囚(とら)われの身です。どうして甘んじて食らうことができましょう」

と言ったので、王はその情(こころ)を愍れんで遂に象を放ったのである。

 これは『大唐西域記』に記されていて、日寛上人は、「不知恩者の現報を示したのである」と仰せである。

(歴代法主全書八巻)

(高橋粛道)

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