本迹相対(ほんじゃくそうたい)
五重相対(ごじゅうそうたい)中の第三「権実相対(ごんじつそうたい)」において、釈尊仏教の中で真実の教えは法華経であることが判(はん)じられました。その法華経二十八品は、「本門」と「迹門(しゃくもん)」に立て分けられます。すなわち、『序品(じょほん)第一』から『安楽行品(あんらくぎょうほん)第十四』までの前半は、始成正覚(しじょうしょうかく)の垂迹仏(すいじゃくぶつ)が説かれた法門なので「迹門」といい、『従地涌出品(じゅうちゆじゅっぽん)第十五』から『普賢菩薩勧発品(ふげんぼさつかんぽつほん)第二十八』の後半までは、久遠実成の本地仏(ほんちぶつ)が説かれた法門なので「本門」といいます。この本門と迹門を比較(ひかく)相対し、勝劣を判ずることが「本迹相対」です。
法華経迹門は、インドに生まれた釈尊が修行したことによってはじめて悟りを開いたという始成正覚の立場から説かれた法門です。ここでは方便品(ほうべんぽん)において諸法実相の法理が説かれ、一切衆生を成仏せしめる一念三千の法門が明かされました。これにより、今までの爾前経(にぜんぎょう)では成仏できないとされてきた二乗の成仏がはじめて許されることになりました。
しかし、この迹門では、未(いま)だ能説(のうせつ)の教主である釈尊の本地が明かされていないため、一念三千といえども理論上の法門でしかなく、真実の二乗作仏とはなりません。このことを
日蓮大聖人は、
「迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失(とが)一つを脱(のが)れたり。しかりといえどもいまだ発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)せざれば、まことの一念三千もあらわれず、二乗作仏も定まらず」(御書 五三六)
と示されています。
これに対して本門では、『寿量品』で釈尊の本地について、
「我本菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。復(また)上の数に倍せり」(法華経 四三三)
と本因の修行(本因妙)を示し、
「我(われ)実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺百千万億那由他劫なり」(同 四二九)
と証得の本果(本果妙ほんがみょう)を明かし、また、
「我常に此の娑婆世界に在(あ)って、説法教化(きょうけ)す」(同 四三一)
と釈尊有縁(うえん)の国土(本国土妙)は娑婆世界あることを説かれました。
このように本門では、釈尊の本地である久遠実成を仏の具体的な振る舞いのなかに本因妙(九界)・本果妙(仏界)・本国土妙の三妙合論(ごうろん)として明かし、仏の永遠の生命をもって事の一念三千が顕されました。これにより、迹門では理論のみであった衆生の得脱(成仏)が、事実の上に示されるものとなったのです。
この本迹の相違(そうい)について大聖人は、
「本迹の相違は水火・天地の違目(いもく)なり。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり」(御書 一二三六)
と天地雲泥の差があると仰せられています。
したがって本迹相対すれば、始成正覚の垂迹仏の迹門が劣り、久遠実成の本地仏の本門が勝れていることが判明するのです。
なお、大聖人の文底(もんてい)下種仏法より拝すれば、『本因妙抄』に、
「迹門をば理具(りぐ)の一念三千と云ふ、脱益(だつやく)の法華は本迹共に迹なり。本門をば事行の一念三千と云ふ、下種の法華は独一本門なり」(同一六七八)
とあるように、法華経文上の本迹は共に迹門・理の一念三千であり、大聖人の説く文底下種の本門・南無妙法蓮華経こそが独一本門・真の事(じ)の一念三千なのです。