別当御房御返事

御書1

別当御房御返事
                                              文永十一年四~五月頃  五三歳  
聖密房のふみにくはしくかきて候。よりあいてきかせ給ひ候へ。なに事も二間清澄の事をば聖密房に申しあわせさせ給ふべく候か。世間のりをしりたる物に候へばかう申すに候。これへの別当なんどの事はゆめゆめをもはず候。いくらほどの事に候べき。但なばかりにてこそ候はめ。又わせいつをの事をそれ入って候。  いくほどなき事に御心ぐるしく候らんとかへりてなげき入って候へども、我が恩をばしりたりけりと、しらせまいらせんために候。大名を計るものは小恥にはぢずと申して、南無妙法蓮華経の七字を日本国にひろめ、震旦・高麗までも及ぶべきよしの大願をはらみて、其の願の満たすべきしるしにや、大蒙古国の牒状しきりにありて、此の国の人ごとの大いなる歎きとみへ候。日蓮又先よりこの事をかんがへたり。閻浮第一の高名なり。先よりにくみぬるゆへに、まゝこのかうみゃうのやうにせん心とは用ひ候はねども、終に身のなげき極まり候時は、辺執のものどもゝ一定とかへぬとみへて候。これほどの大事をはらみて候ものゝ、少事をあながちに申し候べきか。但し東条は日蓮心ざす事は生処なり。日本国よりも大切にをもひ候。例せば漢王の沛郡ををもくをぼしめしゝがごとし。かれ生処なるゆへなり。聖智が跡の主となるをもってしろしめせ。日本国の山寺の主ともなるべし。日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり。天のあたへ給ふべきことわりなるべし。  米一斗六升・あはの米二升・やき米はふくろへ、それのみならず人々の御心ざし申しつくしがたく候。これはいたみをもひ候。これより後は心ぐるしくをぼしめすべからず候。よく人々にしめすべからず候。よく人々にもつたへさせ給ひ候へ。恐々謹言。     乃時  別当御房御返事