最蓮房御返事

御書4

最蓮房御返事 文永九年四月十三日  五一歳

 御札の旨委細承り候ひ畢んぬ。都よりの種々の物慥かに給び候ひ畢んぬ。鎌倉に候ひし時こそ常にかゝる物は見候ひつれ。此の島に流罪せられし後は未だ見ず候。是体の物は辺土の小島にてはよによに目出度き事に思ひ候。

 御状に云はく、去ぬる二月の始めより御弟子となり、帰伏仕り候上は、自今以後は人数ならず候とも、御弟子の一分と思し食され候はゞ、恐悦に相存ずべく候云云。経の文には「在々諸仏の土に、常に師と倶に生まれん」とも、或は「若し法師に親近せば速やかに菩薩の道を得ん。是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」とも云へり。釈には「本此の仏に従って初めて道心を発こし、亦此の仏に従って不退地に住せん」とも、或は云はく「此の仏菩薩に従って結縁し、還って此の仏菩薩に於て成就す」とも云へり。此の経釈を案ずるに、過去無量劫より已来師弟の契約有りしか。我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ、忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事、是偏に過去の宿習なるか。

 予日本の体を見るに、第六天の魔王智者の身に入りて、正師を邪師となし善師を悪師となす。経に「悪鬼其の身に入る」とは是なり。日蓮智者に非ずと雖も、第六天の魔王我が身に入らんとするに、兼ねての用心深ければ身によせつけず。故に天魔力及ばずして、王臣を始めとして、良観等の愚癡の法師原に取り付ひて日蓮をあだむなり。然るに今時は師に於て正師・邪師・善師・悪師の不同ある事を知って、邪悪の師を遠離し、正善の師に親近すべきなり。設ひ徳は四海に斉しく、智慧は日月に同じくとも、法華経を誹謗するの師をば悪師・邪師と知って、是に親近すべからざる者なり。或経に云はく「若し誹謗の者には共に住すべからず、若し親近し共に住せば即ち阿鼻獄に趣かん」と禁め給ふ是なり。いかに我が身は正直にして、世間出世の賢人の名をとらんと存ずれども、悪人に親近すれば、自然に十度に二度三度其の教へに随ひ以て行くほどに、終に悪人になるなり。釈に云はく「若し人本悪無きも、悪人に親近すれば後必ず悪人と成り、悪名天下に遍からん」云云。所詮其の邪悪の師とは今の世の法華誹謗の法師なり。涅槃経に云はく「菩薩、悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ、悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ。悪象の為に殺されては三趣に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至らん」と。法華経に云はく「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に」等云云。先々申し候如く、善無畏・金剛智・達磨・慧可・善導・法然、東寺の弘法、園城寺の智証、山門の慈覚、関東の良観等の諸師は、今経の「正直捨方便」の金言を読み候には「正直捨実教但説方便教」と読み、或は「於諸経中最在其上」の経文をば「於諸経中最在其下」と、或は「法華最第一」の経文をば「法華最第二第三」と読む。故に此等の法師原を邪悪の師と申し候なり。

 さて正善の師と申すは、釈尊の金言の如く、諸経は方便、法華は真実と正直に読むを申すべく候なり。華厳の七十七の入法界品之を見るべし云云。法華経に云はく「善知識は是大因縁なり。所謂化導して仏を見たてまつり阿耨菩提を発こすことを得せしむ」等云云。仏説の如きは、正直に四味・三教・小乗・権大乗の方便の諸経、念仏・真言・禅・律等の諸宗並びに所依の経を捨て、但唯以一大事因縁の妙法蓮華経を説く師を正師・善師とは申すべきなり。然るに日蓮末法の初めの五百年に生を日域に受け、如来の記文の如く三類の強敵を蒙り、種々の災難に相値ひて、身命を惜しまずして南無妙法蓮華経と唱へ候は正師か邪師か。能く能く御思惟之有るべく候。上に挙ぐる所の諸宗の人々は我こそ法華経の意を得て法華経を修行する者よと名乗り候へども、予が如く弘長には伊豆国に流され、文永には佐渡島に流され、或は竜口の頚の座等、此の外種々の難は数を知らず。経文の如くならば予は正師なり善師なり。諸宗の学者は悉く邪師なり悪師なりと覚し食し候へ。此の外善悪二師を分別する経論の文等是広く候へども、兼ねて御存知の上は申すに及ばず候。

 只今の御文に自今以後は日比の邪師を捨て偏に正師と憑むとの仰せは不審に覚へ候。我等が本師釈迦如来法華経を説かんが為に出世ましませしには、他方の仏菩薩等来臨影響して釈尊の行化を助け給ふ。されば釈迦・多宝・十方の諸仏等の御使ひとして来たって化を日域に示し給ふにもやあるらん。経に云はく「我於余国遣化人、為其集聴法衆、亦遣化、随順不逆」と。此の経文に比丘と申すは貴辺の事なり。其の故は聞法信受、随順不逆、眼前なり。争でか之を疑ひ奉るべきや。設ひ又「在々諸仏土、常与師倶生」の人なりとも、三周の声聞の如く下種の後に退大取小して五道六道に沈輪し給ひしが、成仏の期来至して順次に得脱せしむべきゆへにや。念仏・真言等の邪法・邪師を捨てゝ日蓮が弟子となり給ふらん、有り難き事なり。

 何れの辺に付いても、予が如く諸宗の謗法を責め彼等をして捨邪帰正せしめ給ふて、順次に三仏座を並べ常寂光土に詣りて、釈迦・多宝の御宝前に於て、我等無始より已来師弟の契約有りけるか、無かりけるか。又釈尊の御使ひとして来たりて化し給へるか、さぞと仰せを蒙りてこそ我が心にも知られ候はんずれ。何様にもはげませ給へ、はげませ給へ。

 何となくとも貴辺に去ぬる二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ。結句は卯月八日夜半寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり。此の受職を得るの人争でか現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん。若し今生妙覚ならば後生豈等覚等の因分ならんや。実に無始曠劫の契約、常与師倶生の理ならば、日蓮今度成仏せんに貴辺豈相離れて悪趣に堕在したまふべきや。如来の記文・仏意の辺に於ては世出世に就きて更に妄語無し。然るに法華経には「我が滅後の後に於て応に斯の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」と。或は「速やかに為れ疾く無上仏道を得たり」等云云。此の記文虚しくして我等が成仏今度虚言ならば、諸仏の御舌もきれ、多宝の塔も破れ落ち、二仏並座は無間地獄の熱鉄の床となり、方・実・寂の三土は地・餓・畜の三道と変じ候べし。争でかさる事候べきや。あらたのもしやたのもしや。

 是の如く思いつゞけ候へば、我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう。是くの如く過ぎ行き候へば、年月を送れども久しからず、過ぐる時刻も程あらず。例せば釈迦・多宝の二仏塔中に並座して、法華の妙理をうなずき合ひ給ひし時、五十小劫仏の神力の故に諸の大衆をして半日の如しと謂はしむと云ひしが如くなり。劫初より以来、父母・主君等の御勘気を蒙り遠国の島に流罪せらるゝの人、我等が如く悦び身に余りたる者よもあらじ。されば我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ、常寂光土の都たるべし。我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見、本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事、うれしとも申す計り無し、申す計り無し。

 余りにうれしく候へば契約一つ申し候はん。貴辺の御勘気疾く疾く許させ給ひて都へ御上り候はゞ、日蓮も鎌倉殿はゆるさじとの給ひ候とも諸天等に申して鎌倉に帰り、京都へ音信申すべく候。又日蓮先立ちてゆり候ひて鎌倉へ帰り候はゞ、貴辺をも天に申して古京へ帰し奉るべく候。恐々謹言。

 四月十三日                 日 蓮 花押
最蓮房御返事
夕さりは相構へ相構へて御入り候へ。得受職人功徳法門委しく御申し候はん。