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諸宗教破折2
6/12/2017

寺社フェス!?
昨今、世間では、仏教の受け入れ方が大きく変わってきている。
祈りを捧げるためでなく、坐禅体験や朱印集めなど、健康維持や趣味として、日常生活の中に取り入れる人も増えている。
そんな「ブーム」が進む中、「寺フェス」や「お寺でマルシェ」「寺カフェ」など、各地で寺院建物を活用しての様々なイベントも開かれている。
「寺社フェス向源(こうげん)」と名乗る団体も、そのようなイベントを企画・開催する集まりの一つで、天台宗の青年僧侶が立ち上げた。それを紹介するものには、

「宗派や宗教を超えて、神道や仏教などを含めたさまざまな日本の伝統文化を体験できるイベントを展開する」

とある。
仏教・神道各派の宗教主祭者が集い、自宗の見どころを持ち寄ってイベントを企画するそうで、その会場も、増上寺(浄土宗)・池上本門寺(日蓮宗)・川崎大師(真言宗)・総持寺(曹洞宗)と、名のある本山挌寺院を使用するらしい。その実態からも、日本を代表する宗派が活動を支えていることがうかがえる。
このことは、「声明公演~宗派を超えた響きと香り」というイベントの紹介に、顕著に見受けられる。
向源のホームページによれば、

「日本の仏教音楽のイイトコどり(中略)天台声明の”声”の響き、日蓮宗の”木剣加持”の活気、そして最後に真言宗の勇ましい”太鼓”の音を響かせながら般若心経をお唱えします」

と、目を疑うような謗法同座の世界。本来なら、あり得ない法要儀式を、ライブ感覚で楽しめるそうだ。
他にも、写経や坐禅はもちろん、お守りや御朱印帳の制作、僧侶によるトークショーなど、各宗派の様々なイベントが手広く行われている。

仏教にかこつけたビジネス
そんな「向源」のイベントは、当初は七十人程度の参加者であったらしいが、六回目となる昨今は、約一万五千人もが参加したと言い、昨年までを見る限りは増加傾向にある。
各催し物にはそれなりの参加料が求められる。つまり、このイベントは、慈善事業ではなく「ビジネス」である。
悪徳商法とはもともとそういうものであるが、仏教ブームにかこつけて、興味ある人たちを標的に、仏教ではなく日本の伝統文化にすり替えて利益を得ているのだ。
『涅槃経』には、

「持律に似像(にぞう)して少(わず)かに経を読誦し、飲食(おんじき)を貪嗜(とんし)し其の身を長養す」(御書 五六四㌻)

と悪僧の姿が説かれ、『法滅尽経』には、

「五逆濁世に、魔道興盛(こうじょう)し、魔沙門(しゃもん)と作(な)って吾が道を壊乱(えらん)せん。乃至悪人転(うたた)く海中の砂(いさご)の如し」(同 一〇二〇㌻)

云々と、悪僧が多く現われることも予証されている。
ここで言う悪僧とは、僧侶という立場でありながら正邪を学ぼうとしない輩(やから)のことである。
これこそ、仏教破壊、謗法蔓延(まんえん)の現証であろう。

知らずといえど罪なり
そもそも、寺社フェスで見るもの、体験することは、耳に心地(ここち)好い言葉で語りかけるがすべて謗法である。
釈尊の教えは、末法に至って隠没(おんもつ)し、用を成さない。故に、釈尊の教えを所依とする限り、いかなる教えも邪法であり、その修行もまた謗法である。
そんな謗法講座を体験したところで、何の益もないどころか、有害この上ない。
日蓮大聖人は『妙法比丘尼御返事』に、

「謗法と申す罪をば、我もしらず人も失(とが)とも思はず。但仏法をならへば貴しとのみ思ひて候程に、此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間(むげん)地獄に堕つる事あり」
(同 一二五八㌻)

と仰せである。
知ると知らざらるとにかかわらず、謗法に縁すれば罪障が積まれていく。
仏教は、楽しい、つまらないで選択するものではない。正邪を峻別(しゅんべつ)することが何より大切である。その正邪を知る我らは、謗法に参画すれば悪法の因縁に縛られることを暴かねば
ならない。広宣流布をめざす我らの責務は重大である。

(大白法 第九五九 平成二十九年六月十六日)