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薄拘羅尊者の供養の功徳

仏教説話

薄拘羅尊者の供養の功徳

毘婆尸仏(びばしぶつ)の時、頭痛を患っている比丘がいた。薄拘羅(はくくら)尊者は、この貧しい比丘のために菓子を施すと、比丘の病(やまい)はたちまちに癒(い)えた。

 菓子を与えた功徳により九十一劫の間、天上界と人界に生を受け、福々しく快楽な日を送った。その上、病に苦しめられたことは一度もなかった。最後には婆羅門(カーストの最高の者)の家に生まれた。けれども、母は早く亡くなり、父は後妻をもらった。

 尊者が幼少の時分、母の作る餅を見て欲しがると、母は憎嫉して尊者を捕(つか)まえ、やきなべの上に投げた。鍋は焦熱していたが、尊者を焼害することはできなかった。

 ある日、母が肉を煮ていたので肉を欲しがると、母はますます瞋恚(しんに)を起こし、釜の中に投げ入れた。けれども煮ることはできなかった。

 またある日、母は尊者を水中に放り投げた。すると大魚が丸ごと飲み込んだ。魚は漁夫に捕まり、市(いち)に出回った。父がたまたま、その魚を買い取り、家に持ち帰って料理のために腹を裂くと尊者が出てきたが、なお生きていた。

「願わくば、父よ、安祥として私を傷つけないでください」

と言った。父は我が子を見て喜びのあまり抱き上げた。

 やがて成年となり、出家して聖者の位を得た。やきなべにも焦げず、釜で煮ても爛(ただ)れず、水にも溺れず漂わず、魚に飲まれても死なず、刀で裂かれても傷つかずであった。

 年が百六十歳になっても病がないのは、尊者が前に病気の僧に菓子を供養したことによるのである。

 これは「法蔵経」に説かれていて、『大蔵一覧』に引用されている。僧への供養の尊さを説いたものである。

(歴代法主全書八巻)

(高橋粛道)

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  • 創価学会会長自語相違録8 2019年2月20日
    特に何もないときの池田会長の自語相違録です。たくさんあるものだなあとつくづく思います。根本に関することを180度変えてしかも会員に正法の誹謗の罪障を積ませて地獄への道ずれにするのは許されることではありません。縁によっていつかは救われるのでしょうけれども、...

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  • Re瑠璃さま 2019年2月18日
    返信投稿ありがとうございます!(^^)! お問い合わせフォームからも問い合わせがありましたもので、メール返信しましたが、届かない場合もあると思い、ホームページと掲示板に書き込みました。 どうぞよろしくお願い致します。

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桐本昌吾  法華講宝相寺支部所属、人生の悩みなど、正しい信心によって乗り越えていきませんか。お気軽にお問い合わせください。

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