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教義でも会則でも取り替えるカメレオン団体ー創価学会

創価学会
 令和五年の十一月に出版された『創価学会教学要綱』(以下『要綱』)について、創価学会男子部教学室
は創価ルネサンスの集大成〟であると臆面もなく述べている。
 その内実は、会員を欺くための嘘で塗り固められており、たとえばれてもかまわないと言わんばかりのお粗末な内容に、ただただ愕然とするばかりである。
学会は昔から独自の団体?
 『要綱』では、学会は昔から宗門とは別の、独自の団体であったとでも言いたいのか、
「創価学会を一つの独立した宗教法人として発足させた」(要綱 一四三)
と述べている。
 ところが法人設立の意図については第二代会長・戸田城聖氏が、
「総本山を外護し、折伏活動を進めるため(趣意」(聖教新聞 昭和二十六年十二月二十日付)
と発言しているように、発足当時、宗門とは異なる独自の在家教団とする、という考えはなかった。
 つまり法人設立の目的とは、日蓮正宗の信徒団体として本門戒壇の大御本尊を信仰せしめ、日蓮正宗の教義を弘めることであった。
したがって創価学会は昔から独自の在家団体であったとの詭弁は通用しない。
法人取得の三原則
 学会は宗教法人設立に当たって、
「一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること
二、 当山(大石寺)の教義を守ること。
三、三宝(仏・法・僧)を守ること。(カッコ内筆者)」(同)
との独立との三原則を遵守すると誓約し、法人取得へと至った。
 しかし、第三代会長・池田大作の時代にあっては、昭和五十二年の教義逸脱問題が勃発し、この三原則を反故にしたため、後に第四代会長となる北条浩理事長が次の反省を述べた。
「創価学会は昭和二十七年の宗教法人設立時の三原則を遵守し、日蓮正宗の信徒団体としての性格をいっそう明確にしてまいる方針であります」
 (同 昭和五十三年十一月八日付)
 この謝罪に当たっては法人取得の原点である三原則遵守を再確認し、創価学会は日蓮正宗の信徒団体であるということを改めて表明したのであった。
 つまり学会は、一回目は設立に当たって、二回目は昭和五十二年路線の反省に立って、日蓮正宗の信
徒団体であることを二度も誓っているにもかかわらず、それを踏みにじった。
 そうした事実に照らしても、恥じることを知らない、大嘘つきの団体であることは明らかである。
戸田氏の学会観
 法人取得について 『要綱』では、
「戸田先生の英断」(要綱一四三)
と述べているが、では戸田氏は一体どのように学会を捉えていたのか。
例を挙げれば、
「私たちは、無知な人々をみちびく車屋である。迷っている人があれば、車に乗せて大御本尊様の
御もとへ案内していくのが、学会の唯一の使命である」(戸田城聖全集三-一一三ページ)
と会員に指導していたとおり、正法に迷う人があれば、その人を本門戒壇の大御本尊のもとまで案内をするの
が「学会の唯一の使命」であるとしていた。ところが今の学会は、戒壇の大御本尊の特別な意義を否定してしまった。学会は自らの意に随って教義でも会則でもすぐに取り替える、まさにカメレオン団体である。
 戸田氏は、小樽問答(学会と日蓮宗との法論)のあと、総本山第六十四世日昇上人に法論の結果を報告し
た際、
「創価学会は、いつつぶれてもいいのである。しかし、宗門だけは絶対につぶしてはいけない。宗
門のための創価学会である。」(大白法 三六一号)
と述べたという。すなわち本門戒壇の大御本尊と御法主上人を守るためならば、学会はなくなってもかまわないということである。
 右に上げた発言は、今の学会にとっては都合の悪い指導かもしれない。だからといって、過去の戸田氏の指導すらも、現在の学会は「時代的制約」として捨て去るつもりであろうか。
(大白法令和7年5月1日号より転載)