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上野殿御返事

御書6

上野殿御返事   五十九歳
 鵝目一貫文、送り給び了わんぬ。御心ざしの候えば申し候ぞ。よくふかき御房とおぼしめすことなかれ。
仏にやすやすとなることの候ぞ。おしえまいらせ候わん。人のものをおしうると申すは、車のおもけれども油をぬりてまわり、ふねの水にうかべてゆきやすきようにおしえ候なり。仏になりやすきことは別のよう候わず。旱魃にかわけるものに水をあたえ、寒氷にこごえたるものに火をあたうるがごとし。また二つなき物を人にあたえ、命のたゆるに人のせにあうがごとし。
金色王と申せし王は、その国に十二年の大旱魃あって、万民飢え死ぬることかずをしらず。河には死人をはしとし、陸にはがいこつをつかとせり。その時、金色大王、大菩提心をおこしておおきに施をほどこし給いき。せすべき物みなつきて、蔵の中にただ米五升ばかりのこれり。「大王の一日の御くごなり」と臣下申せしかば、大王、五升の米をとり出だして、一切の飢えたるものに、あるいは一りゅう二りゅう、あるいは三りゅう四りゅうなんど、あまねくあたえさせ給いてのち、天に向かわせ給いて、「朕は、一切衆生のけかちの苦にかわりて、うえしに候ぞ」と、こえをあげてよばわらせ給いしかば、天きこしめして甘露の雨を須臾に下らし給いき。この雨を手にふれ、かおにかかりし人、皆食にあきみちて、一国の万民、せちなのほどに命よみがえり候いけり。
月氏国にす達長者と申せし者は、七度貧になり七度長者となりて候いしが、最後の貧の時は、万民皆にげうせ死におわりて、ただめおとこ二人にて候いし時、五升の米あり。五日のかってとあて候いし時、迦葉・舎利弗・阿難・羅睺羅・釈迦仏の五人、次第に入らせ給いて、五升の米をこいとらせ給いき。その日より五天竺第一の長者となりて祇園精舎をばつくりて候ぞ。これをもって、よろずを心えさせ給え。
貴辺はすでに法華経の行者に似させ給えること、さるの人に似、もちいの月に似たるがごとし。あつはらのものどもかかえおしませ給えることは、承平の将門、天喜の貞任のようにこの国のものどもはおもいて候ぞ。これひとえに法華経に命をすつるゆえなり。まったく主君にそむく人とは、天、御覧あらじ。
その上、わずかの小郷におおくの公事せめあてられて、わが身はのるべき馬なし、妻子はひきかくべき衣なし。かかる身なれども、法華経の行者の山中の雪にせめられ、食ともしかるらんとおもいやらせ給いて、ぜに一貫おくらせ給えるは、貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたえ、りたが合子の中なりしひえを辟支仏にあたえたりしがごとし。とうとし、とうとし。くわしくは、またまた申すべし。恐々謹言。
弘安三年十二月二十七日    日蓮 花押    

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