大聖人様は『四信五品抄』に、
「問ふ、其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱へて解義の功徳を具するや不や。答ふ、小児乳を含むに其の味を知らずとも自然に身を益す。耆婆が妙薬誰か弁へて之を服せん。水心無けれども火を消し火物を焼く、豈覚り有らんや」
(御書1114ページ)
と仰せであります。
解りやすくいますと、妙法蓮華経の五字について、その意義や難しい理屈などを知らない無智の人が、ただ南無妙法蓮華経と唱えているだけで、妙法蓮華経の意義を理解している人と同様の功徳が得られるかどうかとの問いに対して、子供が乳を飲むのに、その養分などは知らなくても、飲めば自然に成長する。また名医と言われる耆婆の作る薬は、患者がその薬の調合がどうなっているかなどを知らなくても、これを飲めば病気は治る。水には心はないが火を消し、その火はまた、ものを焼く。もとより、これは心あってのことではないと、このように答えられているのであります。
つまりこの御文は、南無妙法蓮華経の偉大なる功徳を示されたもので、たとえ南無妙法蓮華経の深い意義を知らなくても、御本尊様を信じきって一心に題目をあげれば、必ず大きな功徳が顕れると仰せられているのであります。
(平成23年9月号58ページ)