我々の信力・行力如何による

日如上人猊下御指南

 我々が持つところの御本尊には、功徳の差は全くありません。功徳の差が出るのは、御本尊様ではなくして、我々の信力・行力であります。四力成就ということが説かれますけれども、我々の信力・行力いかんによって四力が成就されることを知るべきであります。
 これは普段の信心もそうでありますが、折伏においてもそうであります。
折伏ができないところは、やはり我々の信力・行力が不足しているからであります。特に行力、つまり実践行動であります。口先だけでどんな指導をしても、指導だけでは御信徒の方々はついてきてくれません。我々が身をもって実践していくことが大切ではなかろうかと思います。
もちろん支部によっては小さいところ、中ぐらいのところ、大きなところがありますから、全く同じような形態ではないと思いますが、基本的にはこのことを心得ていくべきであると思います。(中略)
 法華経の薬王品には、
「能く是の経典を受持すること有らん者も、亦復是の如し。一切衆生の中に於て、亦為れ第一なり」(法華経五三四回)
と仰せであります。
また『持妙法華問答抄』には、
                      
   「持たるゝ法だに第一ならば、持つ人随って第一なるべし」
              (御書二九八ページ)
と仰せであります。
                                    
 既に御本尊様には仏力・法力がまします。残るは我々の信力・行力の如何であるということであります。御本尊様が第一であれば、それを持つ私達も閻浮第一である。しかし、信力・行力がなければ、その願いもかないません。折伏も成就しません。口先だけの指導は全く役に立ちません。
                      〔平成二十三年十月号59ページ〕