春之祝御書

御書3

春之祝御書 文永十二年一月  五四歳

 春のいわいわすでに事ふり候ひぬ。さては故なんでうどのはひさしき事には候はざりしかども、よろづ事にふれて、なつかしき心ありしかば、をろかならずをもひしに、よわひ盛んなりしにはかなかりし事、わかれかなしかりしかば、わざとかまくらよりうちくだかり、御はかをば見候ひぬ。それよりのちはするがのびんにはとをもひしに、このたびくだしには人にしのびてこれヘきたりしかば、にしやまの入道殿にもしられ候はざりし上は力をよばずとをりて候ひしが、心にかゝりて候。その心をとげんがために此の御房は正月の内につかわして、御はかにて自我偈一巻よませんとをもひてまいらせ候。御とのゝ御かたみもなしなんどなげきて候へば、とのをとゞめをかれける事よろこび入って候。故殿は木のもと、くさむらのかげ、かよう人もなし、仏法をも聴聞せんず、いかにつれづれなるらん、をもひやり候へばなんだもとゞまらず。とのゝ法華経の行者うちぐして御はかにむかわせ給はんには、いかにうれしかるらん、いかにうれしかるらん。