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禅宗天台勝劣抄

御書3

 禅宗天台勝劣抄   文永元年  四三歳

 問ふ、禅宗・天台宗何れが勝れたりと云ふべきや。答ふ、天台宗勝れたり。
 禅宗をば又は仏心宗と云ふ、我が心、仏なるが故なり。或は教外別伝とも云ふ、一代聖教の外に伝ふと習ふ法門なり。始め華厳より終はり涅槃経に至りては教内の法門にて猶涕唾に類す。余経余論は教内にして輙く生死を出でがたし。今別伝は一代聖教の外に有りて、速やかに生死を出でて至極甚深の法門なり。然れば天台宗は教内、禅宗は教外なり。若し爾らば禅宗まさると云ふべきや。

 答ふ、凡そ禅宗とは東土の六祖是を伝ふ。達磨既に楞伽経に依って宗を立つ。其の楞伽経は法華已前の方等部の経、猶権経なり。権経に依って立つる所の宗、豈法華にまさらんや。但し教外別伝と云ふ事証拠なき事なり。所以に一代聖教を離れて別に仏法有りとは何れの経論に見えたるや。また経論に依らずして師の言に依るべきか。祖師と仏と何れを信ずべきや。若し祖師を信ぜば、其の祖師の善・不善何に依りてか別つべき。悟・不悟亦争でか知るべき。若し仏を信ぜば教外別伝と云ふべからず。仏全く教外に別伝ありとは仰せられず。若しありといはゞ外道の法なるべし。天魔の所説、正法破滅の源なり。之に依って経に云はく「若し経律を離れて是の説を作さば当に知るべし即ち是れ虚説なり」云云。像法決疑経に云はく「諸の悪比丘、或は禅を修すること有るとも経論に依らず、自ら己見を逐ひて非を以て是と為して是邪是正と分別すること能はず。遍く道俗に向かって是くの如き言を作さん。我能く是を知り、我れ能く是を見ると。当に知るべし、是の人の速やかに我が法を滅せんことを」文。玄の一に云く「若し観心の人、心に即して而も是なり、己則ち仏に均しと謂ひ、都て経論を尋ねずして増上慢に堕す。此則ち炬を把って自ら焼く。行の悪道を牽くことは、聞を習はざるに由るなり」と。此等の文釈、経論によらず教外に別伝ありと云はんは、天魔・外道・上慢・破法・堕悪の者なるべしと云ふ証拠なり。故に教外別伝とは全く仏法に非ずと云ふべきなり。設ひ録等に此の旨ありとも、録は人師の釈なり、仏説に非ず信ず、信ずべからず。我則ち仏、我既に解りたりと云ひ、又是心是仏と云ふとも経論に依らずばさとりにもあらず、心法にもあらず仏法にもあらず。

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