持妙尼御前御返事(妙心尼御前御返事)

御書4

持妙尼御前御返事 (妙心尼御前御返事)
建治二年十一月二日 五五歳

 御そうぜんれう送り給び候ひ了んぬ。すでに故入道殿のかくるゝ日にておはしけるか。とかうまぎれ候ひけるほどに、うちわすれて候ひけるなり。よもそれにはわすれ給はじ。

 蘇武と申せしつわものは、漢王の御使ひに胡国と申す国に入りて十九年、めもおとこをはなれ、おとこもわするゝ事なし。あまりのこひしさに、おとこの衣を秋ごとにきぬたのうへにてうちけるが、おもひやとをりてゆきにけん、おとこのみゝにきこへけり。ちんしといゝしものは、めおとこはなれけるに、かゞみをわりてひとつづつとりにけり。わするゝ時はとりとびさりけり。さうしといゐしものは、おとこをこひてはかにいたりて木となりぬ。相思樹と申すはこの木なり。大唐へわたるにしがの明神と申す神をはす。おとこのもろこしへゆきしをこひて神となれり。しまのすがたをうなににたり。まつらさよひめといふ是なり。いにしへよりいまにいたるまで、をやこのわかれ、主従のわかれ、いづれかつらからざる。されどもおとこをんなのわかれほどたとげなかりけるはなし。過去遠々より女の身となりしが、このおとこ娑婆最後のぜんちしきなりけり。

 ちりしはなをちしこのみはさきむすぶ いかにこ人のかへらざるらむ
 こぞもうくことしもつらき月日かな おもひはいつもはれぬものゆへ
 法華経の題目となへまいらせて、まいらせ候へ。
   十一月二日              日  蓮 花押
持妙尼御前御返事