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無空の執着

仏教説話

無空の執着

無空の姓は橘である。東大寺に出家して密教を学び、念仏を修していた。

晩年、無空は自己の有する資産が僅少であるので心配なことが起こった。

「今、自分はあまりにも貧しい。このまま死んでしまえば弟子達が苦労するであろう、今日から葬儀料を蓄積することにしよう」

と思って始めだした。やがて万銭を貯えて坊の梁間に隠し置いたが、銭の存処(ありか)を知る者は一人もいなかった。

延喜二十一(一五八一)年、無空は病に倒れ、その年の六月に死去したが、今際(いまわ)の際に銭については弟子達に何も言わなかった。

無空の友人に仲平という者がいた。ある日、仲平は無空の夢をみた。衣服は破れ、顔は垢で汚れ、身体も痩せ衰えていた。

「我は伏貨(隠し蔵した銭貨)のために蛇身に生まれた。どうか君が、その銭を使って法華経を写してほしい。そうすれば必ず、わたしは苦趣から逃れることかできよう」

と告げた。

仲平は目を覚まして感慨し、すぐに無空の坊に行ってみると、果たして梁間から銭を探し得た。銭の中に小蛇が一匹いたが、仲平を見て逃げ去った。

仲平はこの銭を使い、比丘に法華経を書写してもらい、願主となって追善の法要を営んだ。その日の夜、夢の中に無空が現れたが、前と違って衣服は鮮潔で顔色も悦沢であった。そして手に香炉を持ち、

「わたしは君の回向によって蛇身から脱して今から仏国土へ行く」

と礼を告げて空中に飛んで姿を消したのであった。

これは「元亨釈書」に説かれている。

臨終には心に留まる財宝等は見せてはならないのである。

(歴代法主全書八巻)

(高橋粛道)

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