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「大石寺」を詐(いつわ)る謗法団体 顕正会

諸宗教破折
11/12/2016

「国立戒壇」に固執して、日蓮正宗から破門され、その後は会長・浅井昭衛の指導によって「勤行の改変」
「塔婆不要」など、数々の己義を構えて異流儀の道をひた走る顕正会。
そんな顕正会が、昨年来の創価学会による「大御本尊否定」路線に対し、様々な非難を加えている。
三月度の総幹部会においても浅井は、「戒壇の大御本尊を真っ向から否定する。これこそ池田大作一党のドス黒い本心であります。」
(顕正新聞 平成二十七年四月五日付) などと言い、学会の教義変更について批判しているが、勝手な解釈で教義変更を繰り返す顕正会・浅井らにそんな資格はなく、異流儀同士、所詮同じ穴の狢(むじな)である。

血脈を否定する浅井
この指導の中で浅井は、「御相承の中における最も重大な唯授一人(ゆいじゅいちにん)の『法体相乗』とは、実にこの戒壇の大御本尊を付属あそばすことなのです。そしてこの法体相乗に附(ふ)して、また唯授一人の
『金口(こんく)相承』がまします」(同)と言い、血脈について私論を展開している。
ところが、その後に、
「御相承が『授・受』不能となり血脈は一時的に異常事態に陥(おちい)っている」(同)
などと、何の根拠もない理屈を付け、血脈を否定しているのである。
かつては、浅井自身が、
「戒壇の大御本尊は、一日として付嘱(ふぞく)の人(にん)の空白ということがない。またこの付嘱に
附随して、『金口の血脈』もなくなることはない」(同紙 平成五年一月五日付)と断言し、血脈を否定する創価学会に対し、
「これを仏法破壊といわずして、何を仏法破壊というのか。これを大謗法といわずして、何がいったい大謗法でありましょうか」(同紙 平成四年六月五日付)
と強く批判してたではないか。
まさに自語相違以外の何ものでもなく、学会と同じく、浅井ら顕正会は「仏法破壊」の「大謗法」集団なのである。

「大石寺」を詐(いつわ)る顕正会
さらに浅井は、先の総幹部会における指導の中で、
「富士大石寺の正しき所似」として、
「本門戒壇の大御本尊と、血脈と、国立戒壇建立の御遺命」(同紙 平成二十七年四月五日付)
の三つを挙げ、
「ここにいま顕正会だけが、この大事の三つを、命かけて守り奉っているのであります。
私は、顕正会がいま『富士大石寺』を冠して戦えること、なんとも有り難いと思っております。これを冠して戦えるのは、顕正会以外にはないのであります」(同)などと述べている。
大御本尊も血脈もない顕正会が、どのように命をかけて守っているのか不明だが、そもそも日蓮正宗から破門された団体が、勝手に「大石寺」を詐るとは、言語道断である。
顕正会は、平成八年頃より「大石寺」を詐るようになったが、それについて浅井は、「今後、仏法上の立場を明確にするため『富士大石寺顕正会』と名乗って「一国諌暁に臨みたい。(中略)実は私は、今の宗門があまりに腐敗堕落しているので、『日蓮正宗』と名乗るのが恥ずかしいのです」(富士 平成九年一・二月合併号)などと説明している。
この「仏法上の立場」とは、浅井の固執する国立戒壇論であろう。その立場によれば「天母山(あんもやま)の戒壇を中心に新たに本門寺を建立する」
との主張であり、御歴代上人の御指南にもある「広布の暁(あかつき)に大石寺を本門寺と称する」
ことに反する立場であって、いわば大石寺の存在意義をも否定しているのだ。
にもかかわらず、顕正会が「大石寺」を名乗るのは、全く理解に苦しむ。日蓮正宗と名乗るのが恥ずかしいはずではないか。
「日蓮正宗が、自宗と全く関係のないカルト教団・顕正会と混同されるのは、まことに恥ずかしいので、一刻も早く、詐りの呼称を止めるよう、浅井に強く訓告するものである。

(大白法 平成27年6月1日号)

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