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自分の気に入った宗教が一番よいと思う

 「正しい宗教と信仰」に学ぶ(大白法)
 近年、世間を騒がせたオウム真理教の信徒たちは、麻原教祖に洗脳されて、ある者は殺人者となり、ある者は見せしめのために殺されました。
 またアメリカにおいては、人民寺院を標榜(主張)する新興宗教の教祖の教えによって、集団生活をしていた千名近い信者が、ことごとく自殺して果てるというすさまじい事件もありました。
 こうしたことは、極端な例ですが、誤った思想や宗教の恐ろしさを如実に象徴したものといえます。
 人はかたよった思想や邪宗教にとりつかてれしまいますと、その教えに熱中するあまり、人を人とも思わず、人の命すら自分たちの集団の論理で平気で葬ってしまうのです。
 思想や信条、ことに宗教という人間の生活規範にかかわる大切なものは、何よりも明るく清々しく健康的な理念で、うら打ちされていることが必要です。人々を心の底から躍動させる歓びにあふれたものでなければなりません。
 洋服や食べ物ならば、自分の好きなものを選べばよいのですが、自分の人生や家庭、生活に重大な影響を持つ宗教の場合は、その根本たる本尊や教義の内容を正しく取捨選択することが大切です。
 宗教の正邪・勝劣を知るためには、少なくともその宗旨が何を本尊とし、何を信仰の対象としているかということを、まず尋ねる必要があります。
 また、本尊とともに、その宗教の教義が正しいと判断されるためには、一切の人々が過去・現在・未来の三世にわたって救済されるのみならず、地獄界から仏界に至る十界のことごとく生きとし生けるもののすべてが、根本的に救われる道理と法門が説き明かされていなければなりません。
 日蓮大聖人は、
「同じく信を取るならば、又大小権実のある中に、諸仏出世の本意、衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ。持つ処の御経の諸経に勝れてましませば、能く持つ人も亦諸人にまされり」(持妙法華問答抄・新編二九七)
と仰せられています。
 信仰を志すならば、好ききらいで判断するのではなく、もっとも勝れた本尊と教義のもとに誓願の尊さと修行の正しさを教示された宗教を求めるべきです。そして永遠性や普遍性にとみ、広大無辺の功徳の備わった世界一の宗教を持つべきです。

【折伏実践のために】

正しい宗教を信仰することが必要
 人は生きている限り、常に悩みと苦しみの連続です。こうした悩みや苦しみの世の中を、どのようにして楽しく、そして幸せに生活していくことができるか。ここに正しい宗教の必要性があります。
 宗教には、私たちが正しく救われる宗教と、救われない宗教とがあります。よく、自分の心にあった好きな宗教を信じて祈れば、悩み苦しみが解決すると思っている人がいますが、間違った宗教を信ずれば、悩み苦しみは解決するどころかさらに増大しますから、このような考えは間違いです。
 宗教や信仰は、私たちの人生の幸不幸を決定づける根本に係わる重要な問題を含んでおりますから、私たちが正しく救われるためには、正しい宗教を信仰することが必要なのです。
 すなわち、正しい宗教とは、法華経を信仰することです。法華経は、過去・現在・未来の三世に亘わたる永遠の生命を説き明かし、すべての人が幸せになれる絶対的な幸福(成仏の境界)を説き明かしていますから、諸経の中で最も勝れた教えです。
 また法華経は、仏道における原因と結果の法則に順したがって因果を正しく説き明かし、物事の道理に叶った最高の教えですから、すべての人に生きる勇気と希望を与えます。
 このように法華経は、一切衆生を救済するために、正しい信仰と言えるのであり、私たちが正しく救われない宗教は、正しい宗教とは言えないのです。
 
 正しい宗教は、本尊によって決まる
 正しい宗教は、本尊によって決まります。釈尊は、法華経『方便品』に、
「十方仏土の中には 唯一乗の法のみ有り 二無く亦三無し」(法華経 一一〇㌻)
と示され、法華経こそが唯一最高の教えであると説かれています。
 鎌倉時代に出現された日蓮大聖人様は、末法万年に亘って人々を苦悩の闇やみから救済するために、法華経に予証された通り、数々の大難に遭いながらも南無妙法蓮華経を説き顕わされ、真実最高の本門戒壇の大御本尊を顕わされました。日蓮大聖人様が、
「本尊とは勝れたものを用いなさい(趣意)」(御書 一二七五㌻)
と仰せのように、本尊とは、真実最高の勝れた本尊でなければ、正しい功徳とはならず、正しい宗教とは言えません。
 日蓮大聖人様の顕わされた三大秘法の御本尊は、一切衆生が救われる功徳があり、様々な悩み苦しみを解決し、すべての人が幸せになることができる正しい御本尊です。日蓮大聖人様は、
「今、末法に入りぬれば余経も法華経もせん詮なし。但南無妙法蓮華経なるべし」(同 一二一九㌻)
と仰せられました。すなわち、私たちが正しく救われる真実の教えとは、釈尊が説かれた法華経ではなく、大聖人様が御示しになられたその真髄たる「南無妙法蓮華経」ただ一つであり、本門戒壇の大御本尊を正直に信じて実践することです。
 
 正しい御本尊への祈り
 大聖人様は、
「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤もっとも大切なり」(同 一三八八㌻)
と示され、私たちが、御本尊を正しく信行する功徳によって、絶対的な幸福が築けることを教えられています。すなわち、正しい本尊を信仰すれば、何ものにも崩されない成仏という根本的な幸福が得られます。
 しかし、反対に、誤った本尊を信仰すると、その害毒によって不幸な人生を歩むことになってしまいます。
 大聖人様は『聖愚問答抄』に、
「今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし」(同 四〇三㌻)
と仰せられ、末法という今の時代は非常に濁った世の中で、人の心も僻ひがみ歪ゆがんで、邪宗教の謗法が充満し、正しい仏法が広まりにくいことを御教示されています。
 事実、世の中には、正しい仏法に背そむく邪宗教が氾濫はんらんしており、邪教とは知らずに信じている人たちがたくさんいます。そしてまた、「宗教など、どれも同じで、何を信じても構わない」といった風潮がみられますが、それをそのままにしておくと、結局不幸な人生を歩むことになってしまうのです。
 大聖人様は、『法華初心成仏抄』に、
「とてもかくても法華経を強ひて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓どっくの縁となって仏になるべきなり」(同 一三一六㌻)
と仰せです。今私たちは、未だ正法に巡り合っていない人々に対して、相手が信じようが信じまいが、日蓮大聖人様の正しい仏法を敢あえて説き聞かせ、「不幸の原因が、間違った信仰、間違った宗教にあること」を、しっかりと教え、真の仏法に導いていくことが何よりも大切です。
 
 今末法は、折伏の時
 御法主日如上人猊下は、
「折伏は末法濁悪の世に在って、一切衆生救済の最善の方途であります。しかのみならず、折伏は自他共に幸せになるのみにあらず、世の中を変え、娑婆即寂光の原理によって国土世間を変え、仏国土を実現する、計り知れない力を秘めているのであります」(大白法 七五七号)
と御指南されています。この原理を、正しく理解して実践しているのは、私たち法華講員だけです。だからこそ私たちは、この御指南をしっかりと心に刻み、時を逃さず、また寸暇を惜しんで折伏に邁進し、悩める多くの人たちを、一人でも多く救っていくことが、私たちの使命であり、今最も必要なことなのです。

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管理人

和歌山県田辺市の在住、日蓮正宗法華講員です。
宝相寺支部所属。宝相寺は日蓮正宗総本山大石寺の末寺です。人生の悩みなど正しい仏法で乗り越えていきましょう。
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