三周(さんしゅう)の説法(せっぽう)
三周の説法とは、迹門正宗分における広開三顕一(こうかいさんけんいち)の説相(せつそう)で、法説(ほつせつ)周(しゅう)・譬(ひ)説(せつ)周(しゅう)・因縁(いんねん)説(せつ)周(しゅう)をいいます。
釈尊は『方便品』の初めに十如実相を説き、一念三千の理を明かしました。これが略開三顕一(りゃっかいさんけんいち)です。しかし、十如実相は不可思議であり、舎利弗以下の声聞衆にとって明確に領(りょう)解(げ)することはできませんでした。そこで舎利弗は、さらに広く分別して説法されるよう願い、以下、広開三顕一の説法が『授学(じゅがく)無(む)学人(がくにん)記(き)品(ほん)第九』に至るまで展開されるのです。
広開三顕一の説相は、対告衆別に上根・中根・下根の三段に分けられます。三段はそれぞれ、釈尊の正説、対告衆の領解、その領解を承認する述(じゅつ)成(じょう)、そして対告衆に対する記別(きべつ)、の四段からなります。また、上根には直ちに教法を説いて示すので法説周といい、中根には譬喩をもって示すので譬説周といい、下根には釈尊と衆生との化導の因縁を説いて示すので因縁説周といいます。
具体的に述べると、法説周は『方便品』から『譬喩品』の前段にわたります。釈尊は上根の舎利弗に対し、開(かい)示悟(じご)入(にゅう)の四仏知見(しぶっちけん)を説いて一大事因縁を示し、二乗・三乗の法は本来なく、ただ一乗平等の仏知見(一仏乗の法)のみがあることを明かしました。舎利弗は、爾前経において永(よう)不(ふ)成(じょう)仏(ぶつ)と嫌われた声聞にも、平等に仏知見の具わることを領解し、一念三千の理を信解したのです。釈尊は舎利弗の領解を承認され、華光(けこう)如来の記別を授けられました。
次に、譬説周は中根の四大声聞、すなわち須菩提(しゅぼだい)・摩訶迦(まかか)旃延(せんねん)・摩訶迦(まかか)葉(しょう)・大目犍連(だいもっけんれん)を対告衆とし、『譬喩品』の後段より『授記品』にわたって展開されます。『譬喩品』では、釈尊が正説として三車火宅の譬を説き、開三顕一の法理を明かしました。四大声聞は、『信解品』で領解した意を長(ちょう)者窮(じゃぐう)子(じ)の譬に当てて述べると、釈尊は『薬草喩品』でこの領解を納受し、三草二木の譬を説いて述成しました。そして、『授記品』において、摩訶迦葉に光明(こうみょう)如来、須菩提に名相(みょうそう)如来、摩訶迦旃延に閻浮那提(えんぶなだい)金光(こんこう)如来、大目犍連に多摩羅(たまら)跋栴檀香(ばつせんだんこう)如来の記別を授けられたのです。
最後の因縁説周は、富楼那(ふるな)以下の下根の声聞を対告衆とし、『化城喩品』より『授学無学人記品』にわたって展開されます。正説の『化城喩品』では、三千塵点劫の往古、大通智勝仏の十六番目の王子であった釈尊が、父仏の説いた『法華経』を娑婆世界で覆講(ふっこう)し、衆生と結縁したことを明かして化導の因縁の相を示しました。聴聞した下根の声聞衆は、『五百弟子受記品』『授学無学人記品』で領解の意を示すと、釈尊がそれらを納受され、富楼那に法明(ほうみょう)如来、千二百の阿羅漢に普(ふ)明(みょう)如来、阿難に山海(さんかい)慧自(えじ)在通王(ざいつうおう)如来、羅睺羅(らごら)に踏七宝(とうしっぽう)華(け)如来、さらに学無学二千人に対して宝相(ほうそう)如来の記別を授けられ、三周の説法が終了します。
三周の説法とは以上のように、法華経迹門の大事たる二乗作仏を証明するものですが、ここで大切なことは、智慧第一の舎利弗ですら、己の智慧を捨て、信心をもって仏知見に入ったことです。信心を面(おもて)とする末法では、大聖人の大白法をさらに強く信じ、自行化他に亘り、仏道修行に邁進することが肝要です。